言いたいことは完結に。

Compactly Completed Comics

友情フリーパス。一生もんだから、コケのむすまでは いつでも再開(再会)可能!

坂道のアポロン(9) (フラワーコミックスα)
小玉 ユキ(こだま ゆき)
坂道のアポロン(さかみちのあぽろん)
第09巻評価:★★★★☆(9点)
  総合評価:★★★★(8点)
 

事故で妹を負傷させてしまったことをきっかけに、薫や家族の前から突然姿を消してしまった千太郎。
千太郎はどこに、どんな思いで…!?
薫は喪失感から律子を傷つけてしまい、さらなる失意の中1人東京の大学へと進む。
千太郎と薫は、再会できるのか?
薫と律子の恋はこのまま消滅してしまうのか?
鮮やかな季節の行く先は…!?

簡潔完結感想文

  • 卒業式。親友と恋人と何度も下った坂を独りで歩く。坂のない街・東京へ…。
  • 人生とジャズ。入学後、忙しい学業の合間に演奏と、千太郎探しをする薫。
  • 手を取れば それが あの日の続き。忌々しいが、あの坂道で君が待っているから。

きなりネタバレですが、結婚エンドの 最終9巻。

素晴らしい。
感想を書くために熟読したら、初読よりも涙が溢れて止まらなかった。

別作品『月影ベイベ』の感想でも書いたと思いますが、
作者の作品は繰り返し読むに値する作品です。

神は細部に宿っている。

私の読解力が低いという問題もあるが、
表層的な話の流れだけでなく、
伏線や連鎖するリンクなど、読み込む箇所がたくさん存在している。

これも『月影ベイベ』で書いたが、
私は きっと これからも折に触れて この作品を読むと思う。
それぐらい完成度が高いということなのだ。

人を越え、時代を越えて受け継がれていく芸能と、
著者の相性がとてもいいことに気づかされる。
あと地方都市というのも共通点か。

作者のことが一層 好きになった。
これから ずっと追っていく作家さんだろう。


業式からの帰り道、薫(かおる)は独りで学校前の坂道を下る。

転入した当初、息を切らして上り、そして息詰まりを覚えていた学校。
それが いつしか呼吸は楽になり、坂道は日常の風景に溶け込んでいた。

しかし今は独り目線を下げてトボトボと下る。
確かな輝かしい日々があったから、後ろへと伸びる影は濃くなる。


この卒業式の日は『1巻』1話から登場していた丸尾(まるお)くんが意外な活躍を見せる。

1話では薫に一番最初に話しかけるが、薫にすら冷たい扱いを受ける。
しかし その後も要所要所で大事な役割を果たしており、
リストラされることなく卒業の日を迎えた。

卒業式でも薫に話しかけ、世捨て人同然の彼に友情を思い出させる。

薫と いつも一緒にいた千太郎は行方不明で卒業も出来なかったし、
律子(りつこ)は気まずさから疎遠になってる。
なので丸尾に お鉢が回ってきただろう。

しかも薫のクラスメイトになるには頭が良くなければなれない。
丸尾を当初から主人公トリオの衛星ポジションとして用意していたら周到だなぁ。


して薫の上京の日。

律子たち父娘が見送りに来てくれる。
これは薫にとって望外の喜びで、彼は初めて涙を浮かべる。

律子の家の外から、謝罪と感謝の言葉を述べたことが彼女の心を少しは動かしたか。

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律子は最初で最後の意地の悪い言葉を吐く。それは 行かないで、という言葉の変換。

東京での大学生活は、学生運動の影響で授業もままならない。

薫は大学に入って同級生たちと過ごす時間が多い。
高校時代はろくに友達がいなかったというのに。

これは知的水準が同じだから話が合うのか、
友人の作り方を学んだ薫のコミュ力が上がったからなのか、
それとも表層的な応対が上手くなったのか。

律子との文通で楽しい報告を書くものの、
それが虚飾であることを誰よりも知っているからか、
自分で書いた手紙を破りさる。


千太郎を失ってからというものジャズから逃げている薫だけど、
上京して頻繁に会うようになった母の部屋で、
母が歌うジャズソングに涙を浮かべる。

きっと母親が薫が贈ったジャズの曲を歌っている間に息子の存在をそばに感じるように、
薫もまた、ジャズに関わることが千太郎のそばにいることだと感じたのではないか。

そして薫は再びジャズと関わり始める。
ここからの薫がジャズへの情熱、そして演奏の真の喜びを回復していく過程がいいですね。

だが授業とバイト、真に心の踊らないジャズの中で薫は疲弊していく。

そんな中で、上京の日に律子から渡された物を入れていた袋に一枚の写真を見つける。
時を超えて語り掛ける千太郎の声。
苦しい時に心をほぐしてくれる彼の声が、
彼に会いたいという自分の声が頭に鳴り響く。

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辛い時に支えてくれるのが友情。彼はいつまでも自分の心の中にいる。

千太郎という太陽を失っても、彼の中でジャズは鳴り響き続けていた。
そして暗中模索でも彼の行方を探し続ける。


んな日々の中での淳一(じゅんいち)との再会。

淳一の駆け落ち はロマンスを創出するためだと思っていたが、
もしかして真の目的は、この再会のためなのか⁉
とことん用意周到ですね。

会話から淳一も また東京でジャズを再開したことが分かる。

薫は与り知らないところだが、
読者は淳一にとってジャズが自分の苦い経験の象徴であることを知っている。

『6巻』での千太郎との別れの決闘セッションが彼の契機となったか。
ジャズは人生を何度でもやり直させる力があるのかもしれない。

この場面で多少、強引でも淳一と薫がセッションしたのは、
淳一の最後の見せ場の創出のためだろう。

ラストシーンは淳一が いてもおかしくない状況ではあるが、
彼がいると本来の趣旨とは意味が変わってしまう。
だから東京で再会させて共演させなければならないのだろう。

この再会があるから百合香(ゆりか)との再会があるので、
良い橋渡し役となってくれました。


そして百合香との再会の前に薫の心がジャズのビートを刻んでいないと いけなかった。
そうでなければ百合香がもたらす福音にも無反応だっただろう。
千太郎から別れた日からの虚無の目をした薫ではダメなのだ。


だし薫の心は揺れていた。

研修医の期間に、地元の名士で医師であった彼の祖父が この世を去る。

薫の母に直接的な嫌味を言った祖母は健在の様子。
薫の父は航海に出ている最中なのか不在。
父親と祖母との会話も見てみたかった。

その祖母に西見(にしみ)家を背負うこと直接の言葉を投げかけられる。

更には律子にかけた電話に男が出るという事件もあり、
彼は優秀な医者を演じることで自我を抑え込む。
千太郎と並んで写る写真を紛失しても必死で探そうとしなかった。


そんな中、百合香が薫の在籍する病院に駆けつけ、一枚の写真を見せる。
そこに写っていたのは…。


台下暗し。

千太郎が幼なじみの律子の気持ちに なかなか気が付かなかったように、
東京にいるという先入観が地元にいる可能性を考えさせなかったのだろうか。

全く論理性のない話だが、アポロンは坂道のある土地にしかいないのだ。
東京は平野だから坂がない、坂がなければ そこにアポロンはいない。


坂の多い島で千太郎は子供たちに囲まれていた。
かつて薫が予言した通りに(『7巻』

島内を響くジャズの音色に、千太郎は坂を駆け降りる。

教会のオルガンを無断で使用し「モーニン」を弾いていたのは薫。
それを神父たちに見咎められ千太郎は逃げ出す。
「ボン」の手を引いて。

名前を呼んで、手を引けば、それで全てが元通り。
止まっていた時間が再び流れ出します。
並んで坂道を駆け降りれば、全てがまた輝きだす。

それは律子の場合も同じ。
薫と再会して、気まずい空気が流れかけても、
彼が彼女の名を呼んで、手を引き歩き出せば それで大丈夫。

男女としては全てが、という訳にはいかないが、
ホームで別れた あの日までは戻れるだろう。


千太郎が神父見習いなのは神の子としては当然の帰結だろうか。

人の世で苦しみの多かった千太郎だから、
いつも自分の一番そばにある神と共に生きることを決めたのだろう。

彼が どういう経緯でこの島にたどり着いたかは分からない。
姿を消してすぐに この島を選んだのか、
それとも全国を放浪したのか。
少なくとも平野には定住しなかっただろう。
(BONUS TRACKの『10巻』に その一端は描かれているが)


彼との再会が薫の人生にも また大きな影響を与える。
千太郎が消息を絶ってから、医師という目標に邁進してきた薫。
それは太陽を失った現実逃避の道でもあったように思う。

薫は医師になる道に後悔はないだろう。
けれど、その在り方を自分で決めたいと考えた。
だから約束された道ではなく、選んだ道を進むことにした。

きっと、それは薫が自然に呼吸できる場所だろう。

家に縛られた窮屈な環境で働けば、薫の酸素は また足りなくなるかもしれない。
感情を失くし、ただ日々を送るだけの毎日となるだろう。

でも自分で選んだ道ならば、
太陽のそばにいられるのなら、そこには青春の輝かしさがあるだろう。


太郎と薫の再会シーンだけでも胸がいっぱいなのに、
ラストシーンは更に大きな感動が押し寄せる。

果たされなかった約束が果たされる、というのは お約束なんだけど、
やっぱり胸に熱いものが込み上げてきますね。

しかも それが幸子(さちこ)ちゃんの結婚式なのである。

薫・千太郎・律子親子の4人で参加するはずだった文化祭の前日に事故に遭ってしまい、
幸子を苦しめたことに自責の念を感じて千太郎は行方知れずとなった。

その幸子の結婚式に、
千太郎の弟妹達はもちろん、両親も、そして律子たちも列席する。

幸子が結婚する年齢になるまで時間はかかってしまったが、
全てが丸く収まる大団円となりました。

千太郎の弟妹の成長が一番 時間の流れを感じさせますね。

式の後は教会の前でパーティー
そこで幻となった文化祭での共演が実現する。
歌うは「マイ・フェイバリット・シングス」だろうか。

この4人が揃って、共演することに意味がある。
なので この場面に淳一は いてはいけないのだ。

それに、これからは どんなセッションも、
彼らが望めば可能なのだから…。