言いたいことは完結に。

Compactly Completed Comics

扇動の言葉は真情や熱情が無くても伝播してしまう。それが俺は恐かったんだ…。

坂道のアポロン(6) (フラワーコミックスα)
小玉 ユキ(こだま ゆき)
坂道のアポロン(さかみちのあぽろん)
第06巻評価:★★★★(8点)
  総合評価:★★★★(8点)
 

ジャズが彩る恋と友情の60’青春白書!!
大好評の「坂道のアポロン」第6弾!60年代後半、九州のとある都市を舞台に繰り広げられる青春群像劇。都会からの転入生の薫は不良の千太郎と出会い、ジャズを通じて友情を育む。一時は気持ちがすれ違い、千太郎と離れたが、文化祭の演奏で派手に仲直り!そんな薫の周りでは、さまざまな恋心が動き、形を変え始めていて……!?

簡潔完結感想文

  • お嬢さまの決意。百合香の断髪、淳一が東京から地元に帰ってきた理由とは…。
  • さよなら恋心。傷口に塩を塗り込むような発言だが、これで心置きなく前に進める。
  • 音の決闘。感謝も怒りも全てを音に込めて、尊敬する人に音楽の餞(はなむけ)。

れの手順を踏んでリスタート の 6巻。

『6巻』では込み入っていた人間関係がリセットされます。

一時期は登場人物5人による五角関係になり人間関係が ややこしかった本書ですが、
それから約1年半の年月が経ち、どうやら2組のカップルの成立となりそうです。

5人の登場人物で2組のカップルですから、引き算をしますと余るのは1人。

ネタバレになりますが、それが千太郎(せんたろう)です。
どこまでも受難の子ですね…。

彼にも伴侶が出来る可能性はあった。
でも千太郎は他の女性で愛に目覚めたし、
恋を失っても代替として違う人を選ぶような愚かさは彼にはない。

そして今回は千太郎の愚直な行動が、一つの恋を進めることになる。
青春時代は気をまわし過ぎて、余計なお節介もしてしまうが、
自分では気づかない内に誰かの心を軽くすることもある。

誰かの支えになること、それが友情なのだろう。


回、めでたくカップルとなる1組目は淳一(じゅんいち)と百合香(ゆりか)。

あれっ、もしかして淳一って まだ20歳ぐらいなのでしょうか。
あまりにも大人っぽいので大学4年生の22歳だとばかり思っていた。

百合香とも随分、年齢が離れているかと思ったけど、
2学年しか離れていないのかな。


淳一を大人にさせたのは東京の大学における学生運動かもしれない。
本書の中でも最も60年代の雰囲気を醸し出しているのが学生運動だろう。

淳一が東京の大学で何を経験したのか、そしてなぜ地元に戻ってきたのかが回想される。

思うに淳一は主義や主張はないものの、
物事を多角的に見る視点があったのではないか。

そこに巧みな弁舌と生まれ持ったカリスマ性が加わって、
一躍時代の寵児となる資格を持ってしまった。

そこに友人を巻き込んでしまった負い目、
頼まれごとを拒否できない優しさと弱さがあったために、
気が付けば引き返せない場所におり、不幸な場面を目にしてしまった。

それは 活動に全身全霊を傾けた結果なら納得も出来るが、
自分の弁論の空虚さを誰よりも理解していた彼だからこそ、痛切な悔恨となってしまう。


淳一が百合香に本当に惹かれ始めたのは、自分にはない強さを彼女に見たからだろうか。

男に押し倒されても、いつでも凛と立っている百合香の姿が淳一の精神安定剤となる。

取り敢えず、淳一が遊びで百合香を弄んでいるようではなくて一安心。


が、淳一と百合香の接近に千太郎は荒れる。

彼の精神的な不安定さはケンカの数となって表れる。

しかし今回、律子は これまでのように千太郎に近づかない。
いつもなら千太郎が負った怪我の処置が律子の役目なのだが、それを薫(かおる)に託す。

これは以前、千太郎に薫の傍にいるように言われたからではない。
自分が傍にいたい人間が千太郎から変わったからだ。
律子の心変わりが段々と明白になっていきます。

けれど当の本人の薫は気が付かない。

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これまでは敵に塩を送る様な真似は出来なかったが、友情は愛情と同等に大事だと気づいたから…。

失恋し荒れ狂う千太郎に、近くに彼を好きな人がいることを暗に伝える薫。
薫は そうすることで一石二鳥、いや三鳥だと考えたのだろう。

幼なじみの千太郎と律子の背中を押し、
彼らの幸せを祈ることが、自分にもできる精一杯のことだと考える。

男性2人は、恋愛に関してはとことんポンコツですね。
恋のキューピッドを気取っているが、その矢で乙女の心を残酷に射って涙を流させる。
巻き込まれ事故に遭遇する律子はたまったもんじゃないですね。


の出したヒントに思い当たった千太郎は律子を意識し始める。

これは展開によっては千太郎にとっても酷な結末が待っていた。
恋愛にウブな千太郎が、簡単に次の女性に惚れてしまう可能性はあった。
でも両想いを期待して千太郎が その手に掴みそうになったものは、
またしても零れ落ちていく運命が待ち受けていた。

今回は千太郎の純情に感謝ですね。
安易に明るい未来に飛びつかず、自分の中で結論を出した。

その結論をしっかりと律子本人に報告してしまう千太郎。
だが、今回は良い間の悪さだった気がします。

千太郎の一人相撲で恥をかいただけだけど、
律子が無駄に涙を流すことはなかった。

これで律子の中に僅かに残っていた千太郎の気持ちが浄化されたことでしょう。
物事に一区切りつくと、人は新しいことに着手しやすくなる。


嬢様と淳一から言われることを嫌う百合香だが、お嬢様であることに変わりはない。

彼女の父親は淳一との関係を叱責し、結婚相手を決めることで彼女の将来を縛ろうとする。
一方で母は娘の乙女心に理解を示すが、娘が「乙女」かどうかは気になる。

律子は自由恋愛だろうが、
百合香は家に縛られた不自由な恋愛を強いられる。
だからこそ この時代、一定の女性は無茶な行動に走らざるを得ないのだろう。

そんな百合香に淳一は東京での仕事の出発を告げる。
出版社の仕事らしく、出発前には取材と記事を書こうとしている淳一が描かれる。

淳一は良いライターになる予感がしますね。
学生時代も自分の中は空虚でも言葉だけは湧き出てきていたのだから、
その視点と頭の良さをもって成功して欲しい。


百合香は立ち直り、一歩を踏み出そうとしている淳一を止められない。
言わないでいられることが彼女の聡明さと強さを表しているようで辛い。

そんな時に百合香が出会ったのは、自分の捨てたゴミを拾うためゴミ箱を漁る律子。

百合香が律子が捨てた薫への編み物を探すのを手伝ったのは、
綺麗なお嬢さまではない自分の証明、
進んで汚い道を歩く覚悟だろうか。


そうして街角で交わされる律子と百合香の女子トーク

ここは律子の恋心に一区切りがついたからこそ、
失恋の当の本人である百合香に わだかまりなく語れるのだろう。

そこで言葉となって初めて語られる薫への気持ち。
これまでの薫の優しさやお節介はしっかりと律子に伝わっていたことが分かり胸が熱くなる。

そして律子の決意は百合香に伝播する。
彼女もまた言いたいことを言える強さを持ち始める…。


は千太郎にもお節介を焼く。

淳一の出発を知っていながら無視しようとする彼の頬を打つ。
それは彼なりの友情であり、彼らへの敬意であろう。

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言葉が足りない時の対処法。時には それが千の言葉よりも有用なことを知っている。

ここは百合香の場合とは薫の態度が180度 違いますね。

望みのない恋愛に暴走しかけた千太郎を止めようとしたが、
今回は自分の気持ちに蓋をして動こうとしない千太郎に喝を入れる。

2人の間での暴力は初めてだろうか。
この2人を比較すると、絶対に薫の方が短気ですね。

そして ここは別れた母親に会いに行くことを迷う薫を
千太郎が後押しした場面にも似ているのか(『3巻』)。


太郎にとって淳一は隣のお兄さんでジャズ仲間で、そして恋敵。
そんな複雑な思いを淳一に抱える千太郎が取った行動は…。

『5巻』の文化祭でのセッションが仲直りであるならば、
今回は殴り合いですね。

ここでも言葉はいらない。
この場面、きっと言葉を使ってしまっては淳一の本心は伝わりきらない。

自分の心すら歪ませてしてしまう言葉の魔力を知っている淳一だから、
言葉を使わずにコミュニケーションが取れる
ジャズセッションを用いた会話を弟分の千太郎と出来る喜びは計り知れないだろう。

恋愛では勝者と敗者となったかもしれないが、
それで彼らの間に流れた時間が無になる訳ではない。


一の出発の日、それは百合香の見合いの日でもあった。

彼女がこの地に残れば見合いから結婚への道がある。
それはきっと人並みな幸せな道程だろう。
だが淳一は、彼の本心が求めるものは…。

巻末に出会いか別れがあった本書。
今回は新たなる門出で終わる。


そういえば『6巻』で一番驚いたのは、作者の出産報告ですね。
先行して次作『月影ベイベ』を読んでいましたが、
今回の読書で初めて知りました。


「夜警」…
ショッピングモールの夜警の仕事をしている男が遭遇する不思議な一夜…。

この男性の勤務態度は真面目ですね。
「彼女」がここに来たの由来も知っていて、フォローも出来ている。

さて、この男性、次の夜警の時は どうするのでしょう。
再び動き出したら、告白しかねない。
永遠の命を持つ者との種族の違う恋愛となるのだろうか。